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福島地方裁判所会津若松支部 平成8年(ワ)35号 判決 2000年7月27日

原告

福島信用販売株式会社

右代表者代表取締役

小針健治

右訴訟代理人弁護士

大堀有介

被告

吉田眞理

右訴訟代理人弁護士

中川廣之

被告

山本利明

右訴訟代理人弁護士

齊藤正俊

安藤裕規

安藤ヨイ子

大峰仁

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金五〇九万二九〇〇円及びこれに対する平成八年四月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自、金二九七七万三一三五円及びこれに対する平成八年四月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、信販会社である原告が、訴外小売店との間で作成した覚書に定める右小売店の債務について、右覚書に連帯保証人として署名押印のある被告らに対し、保証債務の履行を求めたのに対し、被告らにおいて、連帯保証の事実を否認するとともに、錯誤無効などを主張している事案である。附帯請求(遅延損害金)の始期は、被告らへの本訴状送達の日の後の日である。

二  争いのない事実

1  当事者

原告は、割賦販売あっせん等を業とする株式会社である。

被告吉田眞理(以下「被告吉田」という。)は、会津若松市内で開業する医師であり、被告山本利明(以下「被告山本」という。)は、呉服卸業を営む株式会社ヤマリの代表取締役である。

2  原告と甲山呉服店との契約関係

(一) 原告は、昭和五〇年九月一一日、株式会社甲山呉服店(以下「甲山呉服店」という。)との間で業務提携契約を締結し、甲山呉服店から呉服等を購入した者が、原告に対し立替金及び手数料の合計金額(以下「立替金」と総称する。)を分割して支払う旨契約した際、甲山呉服店に対し売買代金を一括して立替払いする旨契約した(以下「本件立替払契約」という。)。

(二) 原告は、本件立替払契約に基づき、甲山呉服店からの購入者が立替金を原告に対し支払うことを原則としていたが、購入者の事情により、例外として購入者が甲山呉服店に対し立替金を支払い、甲山呉服店がこれを原告に対し支払うことを黙認していた。

(三) 甲山呉服店は、購入者から預かった立替金の支払を原告に対し遅滞するようになり、また、購入者の中にも原告に対する立替金の支払を遅滞する者が多くなっていた。

3  覚書の作成

そこで、原告は、平成六年一〇月一日、甲山呉服店との間で、次の内容の覚書を作成した。

(一) 甲山呉服店は、本件立替払契約に基づく顧客に対する立替金債権(合計九四一七万九六六七円)が原告に帰属することを認める。

(二) 原告は、平成七年九月末日までの間、甲山呉服店が顧客に対して右立替金を請求し、かつ、これを受領することを認め、原告は顧客に対して直接債権取立てを行わない。

(三) 甲山呉服店は、顧客から受領した立替金を直ちに原告に支払う。

(四) 甲山呉服店は、本件立替払契約に基づく顧客の原告に対する立替金合計金九四一七万九六六七円及びこれに対する年六分の割合による遅延損害金を、顧客と連帯して支払う。

(五) 甲山呉服店は、遅滞している立替金の支払を実行し、平成七年九月末日までに支払遅滞を解消する。

4  被告らの連帯保証の記載

(一) 甲第一号証(以下「本件覚書」という。)には、被告らは、甲山呉服店が原告に対し本件覚書上負担する一切の債務を連帯して履行する旨の記載がある。

(二) 本件覚書は、次の体裁をとっている。

(1) 原告と甲山呉服店及び被告らとの合意事項を記載した部分(表紙)

(2) 被告山本及び同吉田の各印鑑登録証明書

(3) 「平成六年一〇月一日」との日付の後に、順に、「甲」の欄に甲山呉服店代表者の記名押印、「連帯保証人」の欄に、甲山呉服店代表者である甲山花子の住所、署名、押印、「連帯保証人」の欄に、被告山本の住所、署名、押印、「連帯保証人」の欄に、被告吉田の住所、氏名、押印、「乙」の欄に原告代表者の記名、押印が記載された部分(以下、(3)の部分のみを「署名欄」という。)

(4) 甲山呉服店の顧客と原告が回収していない立替金額などが記載された一覧表

(5) 右(1)ないし(4)は順に一冊に綴じられ、表紙と末尾の一覧表の裏面との間には、順に、甲山呉服店、甲山花子、被告山本、同吉田及び原告名義の契印がなされている。

(三) 以下では、原告が、本件覚書の作成によって被告らが原告との間で行ったと主張する連帯保証の合意を「本件連帯保証契約」という。

5  甲山呉服店の債務不履行

甲山花子は、平成七年八月四日ころ行方不明となり、甲山呉服店の店舗は閉鎖された。また、甲山花子は、平成八年一月三日、福島地方裁判所会津若松支部において破産宣告と同時に破産廃止決定を受けた。

こうしたことから、甲山呉服店の、原告に対する本件覚書上の債務は履行されなかった。

6  甲山呉服店の債務額

(一) 別紙契約明細書の説明

別紙契約明細書は、本件覚書添付の一覧表に記載された顧客及びその債務額について、当該顧客の性格ないし位置づけに応じて整理し直したものである。右顧客の位置づけについては、同明細書(4)の三番である室井佳子を除いて当事者間に争いはない。

(1) 右別紙契約明細書の(1)、(2)並びに(3)の1、2記載の顧客は、「名義貸し債権」とあるとおり、甲山呉服店と顧客との間で実際は売買契約が締結されておらず、甲山呉服店が原告より売買代金名目で金員を引き出すために、顧客らに無断でクレジット契約書を偽造したり、あるいは、顧客らの名義を借りて契約書を作成したものである。

(2) 同(4)の顧客は、「店回収済み分」とあるとおり、甲山呉服店と顧客との間の売買契約は真正に成立したが、顧客において、原告に支払うべき立替金を直接甲山呉服店に支払い、甲山呉服店においてこれを原告に引き渡さないでいるものである。

(3) 同(5)の顧客は、甲山呉服店と顧客との間で、呉服等の売買契約が真正に成立したが、顧客の原告に対する立替金の支払が遅滞しているものである。

(二) 未払立替金の現在額

本訴提起後、本件覚書記載の債務の一部について、顧客による任意の弁済などがあった。現在の右未払債務の内訳は、別紙契約明細書(1)ないし(5)記載のとおりであり(空欄となっているのは債務が完済された顧客の欄である。)、各明細書ごとの残額の合計額は次のとおりである。

(1) 別紙契約明細書(1)一五二一万四九三五円

(2) 同(2) 五四二万五三〇〇円

(3) 同(3)の1     一一〇万円

同(3)の2     二〇一万円

(4) 同(4) 五三一万〇一八五円

(5) 同(5) 七一万二七一五円

合計二九七七万三一三五円

(本件の請求元本額)

7  被告らは、原告に対し、いずれも本件口頭弁論期日において、本件連帯保証契約を、詐欺(民法九六条一項又は二項)を理由に取り消す旨の意思表示をした。

三  争点(以下はいずれも被告らの主張である。原告は全て争っている。)

1  室井佳子の位置づけ

室井佳子は、甲山呉服店が原告に提出した甲第八九号証(同人名義のクレジット契約書)に署名押印したことはなく、甲山呉服店などに対し、右契約書を作成することを許可したこともない。したがって、室井佳子は、別紙契約明細書において、(4)ではなく、(1)に位置づけられるべき者である。

2  被告らの連帯保証の意思の有無(本件覚書の作成経緯)

甲山花子が、被告らに甲山呉服店の債務の連帯保証を依頼し、被告らが署名押印した際には、いずれも、現在の本件覚書のうち署名欄一枚のみが存在し、表紙部分も一覧表も添付されていなかった。また、両被告とも、本件覚書の裏面に契印をしたことはない。本件覚書の裏面に契印されている被告ら名義の印影は、いずれも被告らが署名欄に押印した印鑑により作出されたものではない。

すなわち、本件覚書は、被告らが署名欄に署名押印した後に、他の部分を加えて袋とじの文書にしたものである。

また、被告らが署名欄に署名押印した際、本件覚書の表紙部分の記載には、どの顧客にいくらの未収金があるかについての記載はなく、かつ、右顧客の中に甲山呉服店がクレジット契約書を偽造したり、商品の売渡しがないのにあるかのように装って顧客の名義を借りて行ったものが相当数含まれていること並びに未収金の総額が当時九〇〇〇万円を超えていることについて、全く説明がなされなかった。

したがって、被告両名とも、本件連帯保証契約を締結したことにはならない。

3  被告らの連帯保証の意思の範囲

別紙契約明細書(1)、(2)並びに(3)の1、2記載の顧客は、いずれも甲山呉服店との間で呉服等の売買契約を実際には締結していないのに、甲山花子らにおいて、右顧客の同意を得ずに、その名義のクレジット契約書を偽造したり、((1))、あるいは、その同意を得て(名義を借りて)クレジット契約書を作成したりしたものであって、((2)、(3)の1、2)、いずれも正規の取引の裏付けのないものであるから、これら顧客の分については、被告らには保証の意思はないというべきである。

4  錯誤無効(一)(本件覚書の作成経緯)

仮に、本件連帯保証契約の締結の事実が認められるとしても、争点2記載の被告らが本件覚書に署名押印した経緯に照らせば、本件連帯保証契約は要素の錯誤により無効というべきである。

すなわち、もし、被告らが、本件覚書に署名押印する際、甲山花子より争点2記載の事実を聞かされ、保証額が九〇〇〇万円を超えることが分かっていれば、本件覚書に署名押印することはなかったといえるから、本件連帯保証契約は、法律行為の要素に錯誤があるというべきである。

5  錯誤無効(二)(別紙契約明細書(1)、(2)、(3)の1、2並びに(4))

(一) 別紙契約明細書(1)、(2)並びに(3)の1、2記載の顧客の部分は、前記のとおり、甲山呉服店において、実際には売買契約がなされていないのにクレジット契約書を作成したものであるから、これら顧客の分については、被告らがそのことを知っていれば当然に保証をしなかったであろうといえるので、この点で法律行為の要素に錯誤があるというべきである。

(二) 同(4)記載の顧客の分は、裏付けとなる売買契約は存在するものの、甲山呉服店において、本件立替払契約に違反して、顧客から直接立替金を受け取り、これを原告に引き渡さなかったものであるから、右(一)と同様に、被告らがそのことを知っていれば、当然に保証はしなかったであろうといえるので、同じく法律行為の要素に錯誤がある。

6  詐欺取消(一)(民法九六条一項)

争点2等で記載したとおり、甲山花子は、被告らに本件覚書への署名押印を求める際、真実に反した説明をし、また真実を隠して被告らに告げなかったのであるから、甲山花子の右行為は詐欺にあたる。

そして、原告は、甲山花子に、被告らと連帯保証契約を締結する代理権を授与していたというべきである。代理人による詐欺には、民法一〇一条が適用されるので、右甲山花子による詐欺の効果が原告に帰属する。

7  詐欺取消(二)(民法九六条二項)

争点6で記載したとおり、右甲山花子の行為は詐欺にあたる。

仮に、甲山花子が原告の代理人の地位になかったとしても、第三者による詐欺に該当する。

かつ、原告は、甲山花子による右詐欺の事実につき悪意であった。

8  代理受領

別紙契約明細書(4)記載の顧客については、原告は、甲山呉服店が顧客から立替金を直接受領することを承諾しており、このことは甲山呉服店の経理担当者であったAの証言によっても裏付けられる。

これらの事実に照らせば、原告は甲山呉服店に対し、顧客から立替金を代理受領する権限を与えていたというべきである。

したがって、右の顧客の立替金については、甲山呉服店が受け取っている以上、未払金はないことになるので、被告らは支払業務を負わない。

9  過失相殺の類推適用

原告は、争いのない事実2(二)記載のとおり、甲山呉服店が、本件立替払契約に反して、顧客から直接弁済を受けるのを長年にわたり放置してきた。

原告は、平成六年九月になって未収金が莫大となり、それを甲山呉服店から回収することがほとんど不可能であることを承知していたので、その債権の回収を図る目的で、甲山花子をして被告らに本件連帯保証を依頼したもので、本件連帯保証契約は、当初から債権回収が目的であったことは明白である。また、原告の事務処理があまりにも杜撰であったことからみて、原告の請求は過失相殺の類推適用により、九割以上の減額がなされるべきである。

第三  判断

一  争点1について

甲第八九号証には、室井佳子名義の署名押印がなされているものの、証人室井佳子は尋問に代えて提出した書面において、右署名押印をしたこと、右印影が同人の印鑑によるものであること、自己名義の契約書を作成することを他人に許容したこと及び甲山呉服店より甲第八九号証記載の商品を購入したことのいずれも否認し、乙第四号証(同人の被告吉田の代理人宛の回答書)でも、右書証は他人によって偽造された契約書である旨述べている。その一方、甲第八九号証が、室井佳子により作成されたと認めるべき証拠はない。

別紙契約明細書(4)記載の顧客は、前記のとおり、甲山呉服店と顧客との間で真正に売買契約が成立したことを前提としているから、室井佳子と甲山呉服店との間の契約の成立及び同人による名義貸しの事実も認められない以上、甲第八九号証は、何者かによって室井佳子に無断で作成されたものというほかなく、したがって、室井佳子の本件における位置づけは、別紙契約明細書(1)の名義貸し債権(盗用分)に分類されるものである。

二  争点2について

争いのない事実4記載のとおり、本件覚書は、署名欄だけからなるのではなく、同項(二)の(1)ないし(4)の各部分が順に綴られ、表紙と末尾の一覧表の裏面との間(背表紙部分)には、被告山本及び同吉田ら名義の契印がなされている。そして、署名欄の被告吉田及び同山本名義の各署名押印は、名義人であるそれぞれの被告が作出したこと及び各被告名義の印影はそれぞれの印鑑によるものであることは、いずれも争いがない。

被告らは、いずれも右背表紙部分の契印をしたことを否認しているが、鑑定結果によれば、被告らの署名欄の各印影と背表紙の被告らの各印影は、それぞれ同一印鑑を用いて押捺されたものと推定され、かつ、右のうち被告吉田名義の各印影は、経過日数の隔たりのない機会に押捺されたものと推定され、また、背表紙の印影は同一の印鑑を用いて直接押捺されたものと推定される。一方、右推定を覆すに足りる証拠の提出はない。

また、署名欄には、単に日付と当事者の表示の記載があるのみで、被告らが保証する債務の具体的内容の記載はない。争いのない事実1記載のとおり、被告吉田は医師、同山本は株式会社の代表者であって、相応に社会的知識経験を有しているものと考えられるところ、いかに知人である甲山花子からの依頼とはいえ、こうした白紙に近い書面に署名押印をするということは、通常考えがたいというべきであり、本件において、このことについての合理的な説明はなされていない。

そうすると、被告らが、署名欄に署名押印した際には、本件覚書中の表紙部分及び未回収の代金額などを記した一覧表も、これに綴られていたものと認めることができ、被告らは、本件覚書のそうした体裁を前提に、署名欄に署名押印をしたものというべきである。

そうすると、被告らは、いずれも、右体裁の本件覚書に、その記載を認識した上、自己の意思で甲山呉服店の連帯保証人として署名押印したものというべきであるから、被告のいずれについても、本件連帯保証契約の成立を認めることができる。

したがって、争点2の被告らの主張は採用できない。

三  争点3について

右二で認定したとおり、被告らが本件連帯保証契約を締結した際には、クレジット契約書が偽造された者も含めて、別紙契約明細書記載の全ての顧客が本件覚書の一覧表に記載されていたのであるから、被告らは、それらの者の債務の部分も含めて一括して連帯保証をしたというべきであるので、争点3の被告らの主張は採用できない。

四  争点4について

右二、三で述べたとおり、被告らは、本件覚書添付の一覧表を前提に甲山呉服店の連帯保証をしたものであり、右一覧表の末尾には総債務額が九四一七万九六六七円である旨明記されているのであるから、被告ら主張の「保証額が九〇〇〇万円を超えることが分かっていれば、本件覚書に署名押印することはなかった。」との主張は前提を欠く。

したがって、争点4の被告らの主張も採用できない。

五  争点5について

(一)  別紙契約明細書(1)、(2)並びに(3)の1、2について

ここで顧客とされる者は、いずれも甲山呉服店との間で真正に契約が成立した者ではなく、甲山呉服店において、クレジット契約書を偽造したり、その名義を借りて契約書を作成したものであって、実際の売買の裏付けを欠いている。

本件のように、小売店が顧客の信販会社に対する債務を連帯保証し、さらにそれを連帯保証したという場合、小売店の連帯保証人となる者は、通常、小売店と当該顧客との間の契約が真正になされたことを当然の前提にして保証することを決断しているものと考える。かつ、右小売店と顧客との間の契約が真実なされたものである場合とそうでない場合とでは、右顧客名義の債務が履行される可能性及び連帯保証人が代位弁済後に求償権を行使した場合にこれが奏功する可能性は、かなりの程度において異なるというべきである。

そうすると、本件において、甲山呉服店と本件覚書上顧客とされた者との間で、真正に売買契約が成立していたか否かは、被告らが連帯保証契約を締結する上で極めて重要な事柄であり、かつ、明示的に右契約の真正が問題とされていなくても、甲山呉服店と顧客との間の契約が真正であることは、本件連帯保証契約の当然の前提ないし契約の一部分となっているというべきである。

したがって、甲山呉服店と顧客との間の売買契約が真正に成立していることは、本件連帯保証契約の要素に該当する。なお、別紙契約明細書記載の立替金の総残高のうち、同(1)(前記室井佳子を含む。以下同じ)、(2)並びに(3)の1、2記載の部分の金額は、合計三五一四万七六八五円に達し、全体額である四一〇七万八七八五円(いずれも本件提訴時の金額であり、右金額は当事者間に争いはないと思われる。)の八五パーセントを超える割合となっている。

そして、被告らに対する各本人尋問の結果によれば、被告らは、いずれも本件連帯保証契約を締結する際、別紙契約明細書(1)、(2)並びに(3)の1、2記載の顧客との間で契約が真正に成立していないことを知らなかった事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、少なくとも右顧客の部分については、本件連帯保証契約は、被告のいずれにおいても法律行為の要素に錯誤があり、これがため無効であるというべきである。

(二)  一方、別紙契約明細書(4)記載の顧客は、甲山呉服店と顧客との間の契約は真正に成立しているものの、立替金は甲山呉服店が受け取り原告が引き渡していなかったものであるが、本件覚書は、まさに、そうした顧客の支払った立替金を甲山呉服店が原告に引き渡すことなどを目的に作成され、甲山呉服店はこれを約束しているのであり(表紙部分の1条、2条)、被告らは、甲山呉服店の原告に対する右の債務を連帯保証したのであるから(同7条)、右顧客について錯誤無効をいう被告らの主張は採用できない。

(三)  よって、争点5の錯誤無効の主張は、別紙契約明細書(1)、(2)並びに(3)の1、2記載の顧客に関する限り理由がある。

六  争点6について

被告らに対する各本人尋問の結果によれば、被告らに直接本件覚書への署名押印を求めたのは甲山花子であり、かつ、その際、甲山花子は、本件覚書記載の顧客には真正に契約が成立していない者も多数含まれることなどは告げなかった事実を認めることができる。

したがって、被告らが本件連帯保証契約を締結するに際し、甲山花子による欺罔行為があったということはできる。

しかし、原告が甲山花子に代理権を授与したことは、これを直接証する証拠はなく、本件覚書の署名欄でも、甲山花子は甲山呉服店の連帯保証人の肩書きで署名押印しているものの、原告の代理人といった記載はない。こうした本件覚書の記載内容や、甲山花子が原告の代理人として行動したことは、本件証拠により認められる本件連帯保証契約の経緯に照らしても認めることができないことからして、争点6の被告らの主張は採用できない。

七  争点7について

右六記載の甲山花子の欺罔行為について原告が悪意であったと認めるに足りる証拠はない。なお、本件覚書中の顧客に真正に契約が成立していない者が多数含まれていることについて、本件で尋問した、証人B(甲山呉服店の元従業員で主に営業を担当)、同A(同元従業員で主に経理を担当)、同鈴木茂雄(原告の元会津支店長)及び同川名哲郎(尋問当時原告の会津支店長)のいずれも、原告は知らなかった旨証言している。

したがって、争点7の被告らの主張も採用できない。

八  争点8について

争いのない事実2記載のとおり、原告が従前甲山呉服店が顧客の一部から代金を直接受け取ることを黙認していたことは争いないものの、本件覚書の作成はこれを解消するためになされたものであり(争いのない事実3、4)、被告らは、甲山呉服店が原告に対し顧客から受け取った立替金を引き渡す債務を連帯保証したのである。したがって、被告らの主張は被告らの責任を否定ないし軽減するものとはならない。

九  争点9について

右八において述べたと同様に、争点9の被告らの主張も被告らの責任を否定ないし軽減するものとはならない。なお、別紙契約明細書(1)、(2)並びに(3)の1、2記載の顧客については、錯誤無効により被告らの責任が全て否定されることは既に述べたとおりである。

第四  結論

以上の次第で、被告らが本件連帯保証契約に基づいて、原告に対し保証の責任を負う元本額は、別紙契約明細書(4)のうち室井佳子の分を除いた合計四三八万〇一八五円に同明細書(5)記載の合計七一万二七一五円を加えた、総額五〇九万二九〇〇円である。

よって、原告の請求は主文第一項掲記の限度で理由があるので、その限りで認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官・松田浩養)

別紙契約明細書(1)〜(5)<省略>

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